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2014-08-28

2014年8月25日 陽明山系小觀音山主峰 - 茄苳坑採金古道 矢竹の稜線から金鉱の沢を下る

小觀音山西峰付近から見る、一番左は菜頭崙、真中の通信施設があるピークが主峰(7/20撮影)
茄苳坑採金古道,沢の対岸に第一号金鉱入口、右奥の滝の上には人工石垣による広場がある
陽明山山系の小観音山は、台北市内の自宅近くの大通りから北を遠望すると、真正面に山頂に民間や軍用の通信アンテナ施設を載せてそびえている。今まで四回訪れているが、アンテナ群の部分にはまだ足を踏み入れていなかった。今回は、そのアンテナ地帯を通り越し、前回登った菜頭崙から茄苳坑古道を三芝へ下るルートである。三芝は、台北から見ると陽明山の反対側にあり、同じ陽明山山系でもアクセスが遠くなる。小観音山から北東方向に伸びていく山稜は、末端の竹子山頂上が軍地基地であるため、稜線近くの大部分が立入禁止区域である。しかし、その西側には魅力のある古道が残っており、今回下った茄苳坑古道もその内の一つである。

南側の大屯山鞍部から北へ歩く
下りメインの山行
前回の訪問は、三板橋から竿尾崙の尾根道を菜頭崙へ登り、そこから大屯溪古道を下った。稜線に上り詰めた時、すでに霧に囲まれ風景が望めなかった。次回に期待して、小觀音山主峰を往復することなく、そのまま下った。今回は、その望めなかった風景を見ることができた。矢竹が密生する稜線には、ボランティアによって矢竹が刈られてきれいな山道が出現し、雄大な景色があった。下りに通った、茄苳坑古道は採金の文字が付けられるように、金鉱に関する場所である。有名な九份と同じ火山地層になる大屯山付近には、金の存在可能性があり、昭和10年代に金脈探しが行われた。対象となった場所は、茄苳坑渓の谷だけではないようだが、この沢沿いには坑道が五ヶ所あり、またそれをサポートするための基地が設けられた。当時の石碑が80年の年月を経てまだひっそり残っている。
陽明山山系の北側にある
戰備道を主峰に向けて登る
今回は、三名の山行である。メンバーは、常連のZさんとLさんだ。MRT劍潭駅に7時に集合、紅5番バスで陽明山バスターミナルへ、そこから108番バスに乗り換え大屯山鞍部へ向かう。7月半ば小観音山西峰を登ったときと同じだが、平日なのでバス乗客は少ない。8時15分に、鞍部のバス停に着く。頂上に登っていく戰備道入口で支度をすませ、車道を登る。背後から、聞き慣れたエリーゼのためにの音楽が聞こえてくる。そのうち、台北市のゴミ回収車が坂道を登ってきた。頂上付近にあるアンテナ施設のゴミを集めるためだろう。西峰への登山口を通り過ぎ、更に車道を登っていく。8時49分、登り道が終わり通信施設の前に着く。施設の前から見ると、七星山が左に、大屯山が右に並んでいる。歩き始めて約30分だ。
通信施設前からの展望、左に七星山、右に大屯山、中間には丸い紗帽山
軍用通信施設の下を巻いていく、右に見える山頂が主峰
車道をそのまま進むと、軍用通信施設になる。以前はこの施設の近くで、兵隊に呼び止められたこともあたっとのことだが、今はその施設の東側斜面を巻いていく道が開かれたので、問題なく主峰へ行ける。軍用施設の右前にある鉄塔脚の部分に登山道入口がある。山道に入る。矢竹が綺麗に刈られている。森の中を通り、また矢竹の斜面を進む。登るに連れ、視界がひらけその雄大な風景にしばし歩みを止める。七星山の左には、磺嘴山へ連なる尾根が続いている。9時5分、稜線に上り詰める。左は軍用施設の壁である。右に折れ少し行くと、そこが主峰山頂(標高1070m)だ。周囲は矢竹が刈られて展望ができる。

主峰頂上、遠くに七星山
主峰頂上から民間通信施設方向を望む、背後は大屯山
菜頭崙へは、先に下り小ピークを二つ越していく。はじめは大きく下り、登り返す。稜線の先端にある竹子山には霧がかかり始めた。終日展望ができる日もあるが、昼になると霧が発生することも多い。今日は後者のパターンだ。稜線上は矢竹が広い巾で刈られ、良い道が続いている。前回菜頭崙で出会った吉祥さんが、刈りだした道である。感謝に絶えない。左に大屯渓の深い谷、その上には竿尾崙の尾根筋が続いている。遠くには、谷の向こうに三芝の裾野が見える。

小観音山主峰近くの道から望む、先方奥が菜頭崙、更に遠くの雲をかぶった山が竹子山
大屯渓の谷を望む、その向こうに三芝が見える、右のピークは竿尾崙
稜線から望む、主峰から右へ西峰、北竹子山への峰々、谷を挟んで竿尾崙
稜線から東側を望む、金山へ続く谷が望める、右端は七星山
矢竹が刈取られたよい山道が続く
道をさらに進むと、今度は主峰から西峰、北竹子山への稜線が望める。北竹子山の下方山腹には、大屯渓から登ってくる急坂が、矢竹の間にはっきり見える。最初のピークを超えた少し先に、大屯渓へ下りる道の分岐を過ぎる。七月下旬来訪の際には霧で見えなかった景色が、そこにある。東側は金山へ続く谷間が下に、その奥には霧に覆われ始めた磺嘴山や大尖山がある。登り返せば竿尾崙への分岐、そして更に進んで9時50分に菜頭崙山頂に着く。二度目の菜頭崙山頂は、霧がかかってきたものの、かろうじてまだ七星山などの展望がある。大屯山鞍部から、約1時間半の道のりであった。

竿尾崙への分岐からやって来た方向を振り返る、霧がかかり始めた
矢竹の間を下る
同じ108番バスでやって来た二人パーティが登ってきた。彼らもこれから三芝へ向かって下るそうだ。しばしの休憩後、10時に矢竹の間の急坂を下り始める。こちらは、まだ幅広く刈取られておらず、細い道である。数分下ってくると、大石がポンと道の前にある場所に出る。周囲は矢竹がなく遠くを望める。左遠方に竿尾崙がある。下から登って来る時は、景色が見えてホッとする場所だろう。また、矢竹の中の急坂を約十分下る。竹が切れて、雑木林の中の道となる。10時17分、五腳松古道との分岐に着く。左にとり下っていく。山腹を巻き気味に下って行くこと約15分、底が黄色い小沢を越える。左には、金孔と呼ばれる金鉱坑道入口がある。これは、最上部の第五号坑道である。沢底が黄色いのは、坑道から流れる金属のためだろう。

金孔No.5


金孔No.5から下ること数分、左に圓柳古道を分ける。この道は、竿尾崙尾根の山腹を行く。右にとり下る。すぐに沢を越える。ここからは、沢沿いに下っていく。渡渉を三、四回するが、水量は多くなく問題なく渡れる。分岐から約25分、藍染染料を作る池の遺跡を通り過ぎる。化学染料が普及する前、山に咲く大菁を集め、それを煮つめて石灰を入れ固形化するための池である。金脈熱の前にこの地で行われていたのだろう。かなり下方を流れる沢に向けて下って行き、沢に下りるとそこが第三、四金孔であった。右岸に三号、左岸に四号が沢を挟んで左右に口を開けている。中は、水がいっぱいになっているようだ。11時3分、ここで休憩し食事をとる。風が吹いて、とても涼しい。気温36度の台北が遠い存在だ。

第三、四金孔のある沢沿いから上方を望む
第四号金孔
蓬莱島護山之神石碑
30分ほどゆっくり休憩し、出発する。三、四分下ると、蓬莱島護山之神という文字が彫られた石碑がある。側面には昭和13年12月が刻まれいる。昭和という文字は、戦後多くの場所で石碑から削り取られているが、この山奥の場所ではそのまま残っている。石碑のすぐ下には第二号金孔が口をぽっかり開けている。その先は広場になっている。広場の山側は祭壇のように高くなっており、そこには仙靈塚という石が載っている。この石は、ある説明によると日本統治時代初期の抗日分子がここで人知れず死亡し、その遺骨が残っていたので、日本人がその骨を埋めてこの石を残したというものである。普通中国語では、墓のことを塚とは言わない。抗日分子の頭、簡大獅は大屯山を根拠にして活動していたので、この地に抗日分子がいたことも不思議ではない。実際、この広場はもともと抗日分子のアジトを広げたものだそうだ。沢を下って、下から見上げるとわかるが、この広場は実は多くの石を沢沿いに積み上げて造った、かなりの土木工事の成果である。霧がかかってきて薄暗い谷あいは、過去の歴史の悲しみを感じさせる。
人造の広場
仙靈塚石碑がのる石垣、中には遺骨が埋まっているのか
沢の右岸に、石垣で人造広場が造られている、人手のみで造ったと思われる
滝をみて下っていく
滝を右にみて沢沿いに下っていく。そのすぐ下の右岸に第一号金孔入口がある。金脈関係の遺跡は、これで終わりのようだ。標高はまだ650mほどあり、1000mクラスの小観音山中腹である。更に下り、大きな滝を二箇所過ぎていく。下の滝は滑滝だが、かなりの高さである。この滝も、茄苳坑古道の魅力の一つだ。道は山腹を巻いて行き、小沢を越す。小沢はそのすぐ下で20mぐらいの落差の滝で落ちていく。水量が少ないのが残念だ。谷の左右が広がり始め、そのうち水道塩ビ管が道をはいはじめる。左に道が分岐する。道標はないが、圓柳古道へつながる道だろう。石積みの遺跡を過ぎ、12時42分に沢沿いに下りる。ここで一休みする。

小沢を越して進む、左に滝の上部が見える


沢を渡り、右岸を進む。ガジュマロ大樹がある広場と、その上に住居跡がある。竹林を過ぎるとまもなく13時10分、青山路の登山口に出る。山道はこれで終わりだ。残りは車道歩きなので、ズボン下半分やスパッツを取り外す。10分ほどの休憩の後、圓山頂に向けて青山路を歩き始める。幸いに曇り気味で風もあるので、車道歩きでも割合と楽だ。道の両わきには桜並木が続く。二月に来れば桜を見ながら歩けるが、当然その頃は人出も多いはずだ。ゆっくりとした登り道を進む。峠部分では、道の左側が開けて下りてきた小観音山方向が見える。ただ、上部は雲の中だ。

コンクリ製水槽のある青山路登山口
青山路から見る小観音山方向の眺め
桜の花が咲く青山路入口
14時10分、車道を下ってきて北新路と合流する。ここは懷恩聖地の霊園である。バス停もあるが、876番や877番バスは便数が少なく、12時過ぎに通り過ぎた後は16時までない。交差点わきのあずま屋で少し休憩した後、北新路を北新荘まで歩く。概ね下り坂の道は、もう一つの霊園北海福座わきを通り過ぎる。前方に菜公坑山が近くなると、北新荘バス停もすぐだ。14時50分バス停に到着、着替える間もそこそこに875番バスがやって来た。

懷恩聖地方向を望む、遠くは淡水の街


今回も、下りメインの歩きだ。広大な山景を眺め、歴史と自然景観の谷を下る。水に近い歩きは、夏の山歩きには最適だ。休憩込みの活動時間は約6時間半、歩行距離は11.8kmあるが、そのうち約半分が車道歩きである。登りは、300mぐらいだ。道の程度はクラス3、体力もクラス3弱というところ。沢下りの部分は、滑りやすいところもあるが、概ね誰でも歩ける道だ。但し、経験のない人には単独行は勧めない。

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