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2015-05-13

2015年5月10日 陽明山系 日人路-魚路古道-絹絲瀑布-紗帽山-半嶺古圳

霧に咲く華八仙の分岐、絹絲瀑布步道
今回は、一部を除いて陽明山公園公式登山道の山行である。もともと気楽な山行の目的で、大油坑から挑磺古道からスタートし、陽明山バスターミナルまで峠を越えて歩くつもりであったが、バスや天候のため変更し、更に天気が良くなり時間も早いので、紗帽山を越え天母へ下った。ハードな山行が最近続いたが、このような山歩きも悪くない。所要時間6時間半、14キロのハイキングである。
北側の擎天崗から歩き始め、天母へ下る。
下りがメインのコース
日人路の入口
魚路古道(金包里古道)は、久しぶりに歩いた。金山から擎天崗の峠を越え、絹絲瀑布をへて菁山へ下っていく道は、金山でとれた魚を街へ売りにゆく行商が通った道だという。魚路古道の名前は、まさにそこから来ている。この道は石の階段も設けられている、良い道である。勿論、何度か修理され現在のようになっているわけで、もともと今の水準であったわけではないが。日本が台湾を得たあと、人が歩くにはよいが馬車が通るには向かない道と平行して新しい道が作られた。約100年前のことである。日人路と称される道は、直線的に登っていく魚路古道と所々交差しつづら折りに進む。これにより馬車での兵器輸送がしやすくなった。金包里古道は、擎天崗から士林へは、絹絲瀑布を通り過ぎ下る。この部分は絹絲瀑布歩道として整備されハイキングで盛んに歩かれている。

日人路と魚路古道との交差部分
紗帽山は、中国や韓国の古代官吏が被った紗帽に似ているので、名付けられた山である。七星山の麓に座る特徴あるもっこりした山である。石畳のハイキング歩道が二ヶ所から続く。途中には、昭和天皇が皇太子の時の台湾訪問に合わせて作られた涼亭跡が残っている。山の形状がもっこりしているだけに、道も結構急である。紗帽山の麓の磺溪內溪の水を引いている用水路半嶺水圳が山腹を行く。紗帽山から下り、紗帽路の登山口対面から始まる山道を用水路に下った。この部分は、今回の登山中一番自然に近い道の部分である。勿論道標などはないので、わかっている登山者向けだ。

森の中を進む日人路
土地公と左に半分壊れた炉
今回は朝8時にMRT劍潭駅のバス停に集合する。初参加の英国人Cさんを入れて三人である。陽金公路を金山へ行く1717番バスに乗るつもりで待っているが、台北駅8時発の便がなかなか来ない。そこでバス停の案内ポストを見る。すると張り紙があり、週末はここを通らないとういこと。うっかりしていた。次の便は一時間後、そこで1717バスで大油坑まで行くのではなく、小15番バスで擎天崗へ行き、そこから下って大油坑行くことにし、ちょうどやって来た小15番に乗る。

霧の中の草原、牛が座り反芻している
9時擎天崗に到着。天気予報では、今日は雨は降らないような情報だったが、フィリピンから台湾方向に向かっている台風の影響か、雨である。出発早々雨具は気がのらないが、幸い雨脚は強くない。支度をして9時10分、霧と雨の道を歩き始める。バス停から少しあがった土地公の脇から日人路が始まる。今日はこの道を下ることにする。晴れていれば小觀音山から竹子山への山並みが広がるはずだが、真っ白な霧の中である。土の道はゆるやかに下っていく。石畳の金包里古道と三回クロスし下っていく。そのうち草原から森の中を進む。立派な石の橋も越えていく。9時50分、土地公の祠を過ぎる。小さな炉の上半分が壊れている。更に少し下がると、以前人が住んでいた山豬豐厝地に来る。公園が整備して昔の様子になっている。そこから道は回りこんで金包里古道と合流する。

木々の間から見る絹絲瀑布
本来は、さらに下って大油坑へ行き、挑磺古道を登り返してくるつもりであった。ところが、雨脚が強まり、硫黄ガスが吹き出ている挑磺古道を歩くのも少し危ないので、そこから折り返して擎天崗へ戻ることに変更した。すぐ上には、休憩の涼亭とその対面には古道などの説明小屋が設けられている。時刻は10時、少し休憩する。休憩後、石段の金包里古道を登り始める。この道はさすがに有名なハイキングコースなので、雨であるが他のハイカーとも出会う。10時48分、金包里大道城門へ着く。擎天崗ビジターセンター方向に歩き、草原の間を行く道へ分岐する。とても濃い霧の中、牛が草に座り反芻している。11時2分、竹篙山への分岐を右に曲がり、下り始める。

沢沿いの絹絲瀑布步道
用水路沿いに歩く
ビジターセンターへの道と合流、さらに下る。冷水坑への分岐を過ぎ、左に下っていく。もう一つの分岐がある沢脇のベンチで少し休憩する。華八仙の白い花が霧の中に浮かぶ。石畳のよい道を進む。11時33分、絹絲瀑布に着く。沢の岩は赤い。説明によると鉄やマンガンなどのミネラルが酸化し赤く岩を染めているそうだ。絹絲瀑布の周囲は囲われて近づけない。その名付由来の細い糸状の水が、木々のあいだから落ちているのが見える。天気は回復してきたようで、空が明るく日差しが道に差し込んでくる。左から用水路が現れそれに沿って進む。12時5分、歩道は菁山路に出て終わる。ここで食事休憩を取る。

人車分道を下る




20分ほどの休憩後、陽明山バスターミナルへ人車分道を歩く。人車分道は、七星山の麓を一回りする全長13キロの歩道である。菁山遊憩区入口の前を通り過ぎる。青空が広がるが、仰ぎ見る七星山の頂上は霧の中のままだ。人車分道を10分ほど車道にそってやってくる。ここからは、車道を離れ山道として下っていく。石畳の道は変わらない。数分でまた車道に合流し、脇を下る。前方に紗帽山が現れる。時刻はまだ13時前、本来は陽明山バスターミナルまでの予定であったが、相談してさらに紗帽山を登ることにする。12時54分、中山楼わきで陽金公路に合流し、前山公園に入って一休みする。天気はすっかり晴れ、五月の太陽のもと緑の公園は快適だ。

天気は晴れ、前方に紗帽山がはっきり見える
墓への入口部分、奥に草の刈られた墓
13時10分、出発する。紗帽路の登山口から登り始める。しばらく直線的に進んだあと、山道はジグザグに登っていく。15分ほどで、道はいったん平らになる。左奥にお墓がある。清明節からそれほど時間が経っていないので、墓参りで刈られた墓の周囲はすっかり綺麗になっている。道にもどり、更にひと登りする。13時41分、展望台に到着する。眼前の大屯山や七星山はまだ頭に雲をかぶっているが、他はすべて晴れ上がりとても気持ちが良い。

紗帽山の展望台にて、背後は七星山
展望台からの眺め
急坂を下る
みんなまだ歩き足らない感じなので、このまま天母まで下ることにする。石畳道を進む。三角点基石をすぎ、太子涼亭跡にくる。建てられた当時は展望があったのだろうが、今は木々に囲まれている。今はかろうじて101ビルのある信義地区方向が望める。道はほどなく急坂になり下っていく。14時18分、登山口に降りてくる。道を渡り、反対側の踏跡は下り始める。この部分は初めてだが、半嶺水圳へ直接下っていく道である。道標も何もないので、事前に知らなければ道があることも判らない。急な踏跡を下っていく。沢を渡る。右が切れ落ちているがロープが張ってあるので助かる。14時34分、下りきって用水路に脇に来る。

用水路脇の蛇




用水路は山肌に沿って進む。左の沢は進むにつれて深くなっていく。長さが1m以上ある蛇が用水路のコンクリ道に横たわっている。近づくと草むらに逃げていった。ちょうど用水路を越えたところだったのだろう。用水路に大岩がかぶさっている。その下に土地公が祀られている。岩がちょうど屋根の役割になっている。14時47分谷からでて眼前に風景が広がる。棚田の向こうには、烏尖連峰がそして更に遠くには八里の觀音山が頭を出している。さらに進むと左に目的地の天母も谷の間に見えてくる。半嶺歩道を下っていく。14時53分、大理石の超豪華土地公のところで一休みする。

用水路を歩く
半嶺歩道をさらに下る。あまり歩かれいないのか、両脇の草が深い。車道を横切り更に下る。下りきったところの土地公から車道を歩き始める。ミネラルが沢底を赤く染める磺溪內溪の新橋から、平行してかかる古い石造りの橋を見る。振り返れば紗帽山が高い。左には大屯山がある。住宅が現れ始め、中山北路七段の天母古道入口をみて右に曲がる。前方に円環が現れ、15時40分天母バス停に到着。まもなく紅19番バスがやって来て、MRT石牌駅に出た。

半嶺水圳卡から望む
半嶺歩道を下る、前方に天母が望める
今回は、約6時間半、距離約14kmである。歩きやすい道が多いので、時間の割に距離が伸びている。出発時は雨で少し気が引けたが、後半には青空が広がり五月のすがすがしいハイキングができた。午後は少し暑いぐらいであった。今日のルートは、半嶺水圳の部分を除いてとても良い歩道である。誰にも進められるコースである。困難度は半嶺水圳部分を除いて山道クラス1、体力はクラス3だ。

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